阿吽探訪 狛犬と仁王像2

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zoom RSS 戦争の傷跡を残した三溪園天満宮の狛犬

<<   作成日時 : 2017/11/13 09:10  

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戦争の傷跡を残した三溪園天満宮の狛犬



三溪園概要

 三溪園は、製糸・生糸貿易で財を成した実業家原三溪(本名 富太郎)によって、1906(明治39)年5月1日に公開された。175,000uに及ぶ園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されている。(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟)
東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、三溪の手により1902(明治35)年頃から造成が始められ、1914(大正3)年に外苑、1922(大正11)年に内苑が完成するに至った。
 三溪園は、学術上・芸術上、そして観賞上優れていることから、2007(平成19)年に国の名勝に指定された。

楠公社

 外苑の三溪園天満宮の場所には楠公社があった。
楠公社の神殿は、元、河内国(現大阪府河内長野市)観心寺の境内にあった西の宮と称し、1334(建武元)年楠公(楠木正成)の建立に係り、公の守護神たる牛頭明王を祀ったもので、1909(明治42)年当園に狛犬と共に移築し、新たに米原雲海作の楠公の像を安置・奉祀していた。
社内の棟木に次の文字があった。
  建武元年十一月
  楠左(以下不明)
大正末から毎年、楠公の命日である5月25日に、大谷嘉兵衛氏を会長とする楠公会によって、楠公社前で楠公祭が挙行された。(楠公祭記事参照)
 狛犬は、阿吽形共、刻銘が『安政二乙卯・九月吉日』『奉納』『氏子中』とある。(典拠:三溪園100周年 原三溪の描いた風景 p.167)。安政二年は1855年。


楠公社 涵花亭を右に見て観心橋を渡れば楠公社がある建武元年楠公の建立に掛り公の守護神たる牛頭明王を祀ったもの、河内国観音寺境内にあったのを此に移したのである、建立の年より今年で五百八十年を経ているが棟に煌く菊水の紋は百千年の後迄も何事かを訓へて居り丹塗の色褪せた社の様も何となく床しい香りがする、

『横浜貿易新報』大正三年七月二十二日 より



横浜空襲と狛犬

 第二次世界大戦で、横浜における空襲は被害の記録があるものだけで29回に及んだ。最も激しかった1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲では、三溪園はウォーナ−リストに上げられていたためか空爆を受けず、風向きが逆に吹いていたことが幸いし延焼を免れた。
 しかし6月10日、B29が来襲し中区本牧から磯子区富岡町方面を爆撃、トンネルに待避した東急湘南線(現京浜急行電鉄本線)電車を襲撃し乗客が全滅した。三溪園は、隣接地に高射砲陣地があったため園内各所に爆撃を受け、楠公社社殿と楠公像はともに失われ、吽形狛犬は頭部が損壊した。相方の阿形狛犬は、唖然として口をあけてそれを眺めるだけだった。
 当日の空爆は、作戦任務第196号(日本飛行機富岡工場)で、出撃機数は第58航空団B29-33機、投下爆弾はM64通常爆弾711発=計177.8ton、投下時間は9時24分〜29分。被害地域は中区・磯子区。
(典拠:市史通信第22号。三溪園100周年 原三溪の描いた風景。)

三渓園天満宮

 江戸時代、三溪園の近くの間門(まかど)の旧家高梨家の先祖が京都北野天満宮より勧請して、本牧の丘の中腹に祀った間門天神が三溪園天満宮の前身で、1976(昭和51)年1月25日に楠公社跡地に遷座され、以後来園者に親しまれている。
 天満宮に祀られる、平安時代の学者・政治家であった菅原道真は、昔から学問の神様として信仰を集め、誕生日が6月25日と逝去の2月25日に因み毎月25日が縁日とされ、特に年の初めの1月25日は初天神と呼ばれ、三溪園では当日、参拝された方に合格祈願の鉛筆を進呈している。

 吽形狛犬は、空襲の後も、破壊の痕を生々しく残したまま、阿形狛犬と共に72年間鎮座し続けている。







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三溪園天満宮と狛犬

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空襲で破壊された吽形狛犬


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阿形狛犬


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三溪園天満宮


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天満宮社殿



ありし日の楠公社

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破壊前の吽形狛犬の顔が・・・ 非常に貴重な写真です!!


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破壊前の吽形狛犬 (拡大)


楠公祭 記事

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三溪園蔵書より







関連・参考

横浜 三溪園
http://www.sankeien.or.jp/

原富太郎@Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AF%8C%E5%A4%AA%E9%83%8E

Sankeien Tenmangu Shrine 三渓園天満宮 <横浜市中区>@阿吽探訪 狛犬と仁王像2
http://aunkomainu2.at.webry.info/201607/article_1.html

Old Days in Sankeien 28 三渓園昔むかし 28 楠公社と観心橋@blog横濱の文化探訪
http://hamacul.at.webry.info/201607/article_29.html

観心寺@Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%BF%83%E5%AF%BA

観心寺HP
http://www.kanshinji.com/index.html

楠木正成@Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%A0%E6%9C%A8%E6%AD%A3%E6%88%90

大谷嘉兵衛@Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E5%98%89%E5%85%B5%E8%A1%9B

ラングドン・ウォーナー@Wikipedia

年表(横浜大空襲)
@横浜市 > 総務局 > 行政・情報マネジメント課 > 横浜市史資料室 > 横浜の空襲と戦災関連資料 
http://www.city.yokohama.lg.jp/somu/org/gyosei/sisi/web-air-raid/ks-nenpyou3.html

大東急@Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E6%80%A5

三溪園100周年 原三溪の描いた風景
発行:神奈川新聞社

横浜の空襲@市史通信第22号p.1〜3
発行:横浜市史資料室
[ PDF ]






改定履歴
初版:2017年11月13日
第二版:2017年11月18日


 

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